平成最後の散文

ひとつの時代が終わって新しい時代がはじまった? らしいですね。
年始でもないのにカウントダウンができるなんてテンション上がるよ!
しかしまだぜんぜん実感がわかない!

とつぜんですが、私は一次創作が好きです。

好きなことに理由づけはいらない気もしますが「すべてを自分の思う通りにできる」ところがいちばん好きです。

すべて、という言葉にはいろいろなものが含まれます。
概念の設定・物理法則の設定・地理設定・(そこに生きる人々の)言語文化の設定・価値観の設定などなど。
それらを考えることが好きです。

世の中にはあふれるほどの創作物があっても、私が作ったものと『まったく同じもの』は存在しないんですよね。
なぜなら、私が作った『世界』は私がふだんの生活の中で見聞きしたものや感じたことの集合体だからです。
日常の中で目にしたもの、読んだ本、プレイしたゲーム、ニュース、知人友人の話、旅行先で見聞きしたものや話を組み合わせて生まれたものです。

そして、そうやって生まれた唯一無二の『世界』を生きる人々が紡ぐ物語は、その世界を生きる人々への私の愛?です。
良いことも悪いことも、私がその世界を見つめて感じたことであり、それもまた唯一無二のものです。
そこに巧拙とかあんまり関係ないと思うんですよ。
書きたいことを書いたのなら、べつに下手でもいいのでは?

あらためて書くと、なんだかえらく高尚な趣味みたいな雰囲気にw
でも物語を作るのはすごく楽しくて、人生を豊かにしてくれるすばらしい趣味だと思うんですよね。

思えば子どものころから物語を考えるのは好きでした。
小学生のころから、よく机の上のノートとか文房具などの段差を家や岩や木などに見立てて(頭の中で)そのうえを自分が考えたキャラクターが動いている妄想をして遊んでいました。
まじめに授業を聞いてるふりして、頭の中だけで……w
考えるだけでなく、ノートに物語を書いてみたり、家庭用のRPGツクールでゲームをつくってみたりもしていました。
でも、そのころ作ったものは人に見せないのが大前提だったので(たまに事故?でうっかり一部を見られたり、弟に見せたりはしていましたが)、自分が書きたい場面のみ書いた未完成のものだったり、いちおう完成していても自分の脳内補完に依存しすぎていて仮に他人が見ても意味がわからないであろう謎の作品(仮)だったりしました。

PC用RPGツクールというツールに出会うことができ、さらにインターネットで公開する環境があったおかげで、初めて(未完成や意味不明すぎるものでない)物語を公開することができました。
物語を自分だけで妄想するのも楽しかったですが、ちゃんと仕上げまで行って公開して、他の人にプレイしてもらえるのはやっぱり嬉しいです。


ありがとうインターネット、ありがとう平成の時代。

と、いうことで新時代も楽しく趣味っていきたいと思います(なんだこの更新?)!